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The Asahi Shimbun Asia&Japan Watch (ENGLISH). 1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba... 2019年9月30日の朝、ニューヨークの病院で、私たちの世紀の、不世出のディーヴァ(女神のごとき歌姫)が74歳の栄光に満ちた生涯を終えた。クラシックの歌唱芸術がオペラ・ハウスやコンサートホールだけでなく、CDという記録媒体を通して広く愛好家たちを楽しませることが可能となった恵まれし時代に、天から“奇蹟の声”を与えられ活躍した、そのスター・ソプラノの名はジェシー・ノーマン。彼女と同時代に生まれることができた幸運にまずは感謝したい。, 米国南部のジョージア州オーガスタ出身。1961年にマリアン・アンダーソン(※アフリカ系アメリカ人のクラシック歌手の偉大なる先駆者)の名を冠したコンテストで認められ、奨学金を得てワシントン州にある全米屈指の黒人系の名門ハワード大学に入学。その後、ピーボディ音楽院とミシガン大学でも学ぶ。, 1969年に難関として知られるARDミュンヘン国際音楽コンクールの声楽部門で優勝。70年代に欧州の名門歌劇場や音楽祭を席巻し、1983年に創設100周年記念公演(ベルリオーズの歌劇《トロイアの人々》)でメトロポリタン歌劇場にセンセーショナルなデビューを果たし、“世界最高のソプラノ”の座を決定づけた。, 国家的行事にもたびたび招かれ、ロナルド・レーガンとビル・クリントンの米大統領就任式でアメリカ国歌を歌い、1986年にはエリザベス英女王60歳の誕生日を祝ったほか、1989年のフランス革命200周年記念行事ではコンコルド広場で〈ラ・マルセイエーズ〉を、1996年のアトランタ・オリンピック開会式では〈アメイジング・グレイス〉を披露。初来日公演は1985年で、1992年には第1回サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現:セイジ・オザワ 松本フェスティバル)におけるストラヴィンスキー:歌劇《エディプス王》のヨカスタ役で聴衆を魅了した。, 個人的には1995年の来日リサイタルを5月5日の東京芸術劇場、5月9日の東京文化会館と梯子して、5月19日のサントリーホール「ピエール・ブーレーズ フェスティバル」でベルクの歌曲を聴いたことが忘れられない。当時、来日記念盤としてリリースされた同じブーレーズ指揮&ロンドン交響楽団による『ベルク:7つの初期の歌/アルテンベルク歌曲集 他』も名盤だった。, ジェシー・ノーマンの芸術を特徴づけるのは、巨大で神々しい身体から発せられる圧倒的な歌唱。かつて評論家の浅里公三氏はそれを, 「堅固な土台に支えられた“大伽藍”のように荘厳で、豊かで深みのある声は会場すべてを満たし、繊細な弱音がホールの隅々まではっきりと伝わってくる。その人間がここまで可能なのかと驚かざるを得ない豊麗極まりない声と豊かな表現力は、時に彼女は神がつかわした巫女ではないかとさえ錯覚しかねないほど」(『クラシック 現代の巨匠たち』音楽之友社刊), と表現したが、まさに言い得て妙。舞台上でのヴィジュアル的に“デラックス”な存在感と、破格のスケール感を持った声ゆえに、オペラでは神話に出てくるキャラクターや女王様のようなレパートリーが相応しいし、リサイタルでも情熱的なラヴ・ソングよりは“人生”や“生と死”をテーマにした壮大なテキストを読み解く歌曲にこそ真価を発揮するのである。, その空前絶後の歌唱はライヴではもちろんのこと、たとえCDなどの録音で聴いても心にダイレクトに響くこと間違いなし。むしろCDに替わってストリーミングが音楽の聴き方の主流となった今だからこそ、ジェシー・ノーマンの絶唱はあまねく、世界中の音楽ファンの耳に届けられるべきである。以下で紹介するのは、そんな想いでセレクトしたプレイリスト。特にこれまで、あまりオペラや声楽曲などに馴染みのなかった方にもその“凄さ”が伝われば幸いである。, 2019年4月に起きた大規模火災で尖塔を焼失するなど大きな被害を受け、現在は再建が待たれる世界遺産、パリのノートルダム大聖堂で1990年12月に行われた宗教曲コンサートのライヴ・レコーディング盤より。公演の模様はクリスマスの特別番組としてテレビ放送もされた。19世紀フランスを代表するオペラ作曲家で、宗教音楽にも強い愛着を持っていたグノーの死後に発表された作品。甘く切ない旋律で、神の慈悲にすがる気持ちを綴った敬虔な祈りの歌。, ミシガン大学時代、往年のフランスの名歌手ピエール・ベルナックに師事しただけあって、早くからフランス歌曲を得意としており、レコーディングも多く、いずれも高く評価されているジェシー・ノーマン。フランク門下でワーグナーの影響も受けたショーソンの代表的歌曲作品を集めた1982年録音のアルバムもそのひとつ。これは19世紀最後の年に44歳で事故死するショーソンが最後に完成させた歌曲。失恋と追憶、そして死をテーマにした密度の高いこの作品に、ジェシー・ノーマンほど相応しい歌い手は他にいない。, フランスが生んだ最高の映画音楽作家で優れたジャズ・ピアニストでもあったミシェル・ルグランの代表作のひとつ。スティーブ・マックイーン主演の映画『華麗なる賭け』(1968年)の主題歌でオスカー歌曲賞も受賞した。ルグラン曰く「無限に繰り返される人生の螺旋について、そして宇宙について歌っている」壮大なナンバー。ここで聴かれるように英語からフランス語歌詞に翻訳されて、そちらでも多くの歌手によってカヴァーされている。ジェシー・ノーマンからのラヴ・コールで実現した2000年リリースのコラボ・アルバムより。, 17世紀バロック期の英国を代表する大作曲家パーセル作、ギリシャ神話を素材にしたオペラ《ディドーとエネアス》は、カルタゴの女王ディドーと陥落したトロイアから逃れて彼の地に漂着したエネアスの物語。このアリアはオペラの最後で、愛するエネアスに裏切られたディドーが彼を去らせて、悲観の末に息絶える場面。古今東西のアリアの中でもっとも美しい嘆きの歌。, 19世紀末にレオンカヴァッロと並んで、庶民の日常に起きる劇的な事件をリアルに描く「ヴェリズモ・オペラ」を確立したマスカーニ。その代表作である《カヴァレリア・ルスティカーナ》はシチリアを舞台に、ひとり女性をめぐって最後は血なまぐさい決闘に至る男たちを描いた物語。このアリアは、恋人のトゥリッドゥがかつて恋仲だったローラとよりを戻したことを悟ったサントゥッツァが、そのことをトゥリッドゥの母ルチアに涙ながらに訴える場面。次第に感情を露わにして、最後は激情に身を崩しながら歌われる。このような世俗にまみれた役は、聖女ジェシー・ノーマンには相応しくないかもしれないが、そんな心配をよそに、堂々たる風格で嫉妬心から告げ口してしまう女の哀しみと弱さを演じきっている。, でもやはり、ジェシー・ノーマンに相応しいのはワーグナーが描く、官能的な愛の法悦を歌って最後には昇天する、このような非日常的ヒロインの役。特にこのアリアには盛り上がるオーケストラを突き抜けて届く強靱な声が要求されるのでなおさらのこと。意外にもこれが20世紀後半の巨匠指揮者カラヤンとの初共演だった、1987年夏のザルツブルク音楽祭で行われた、ウィーン・フィル恒例のマチネ・コンサートのライヴ録音盤より。, 指揮者としても活躍しつつ、交響曲と歌曲の分野で新しい領域を拡大したマーラー。後に交響曲第2番の第4楽章にも転用される素朴で敬虔な信仰の歌を、ここでは心にしみいるピアノ伴奏で。「人間は大きな苦悩に閉ざされているが、私は天国に行きたいと思う。神様は私にひとつの光をくださり、永遠に照らして下さるのに違いない!」といった歌詞が壮麗に歌われる。, 19世紀末期のドイツで30代までに交響詩で独自の作風を切り拓き、20世紀初頭には数多の傑作オペラを世に送り出したリヒャルト・シュトラウス。歌曲の分野でも最高の境地に達した巨匠が、文字通りを最後に辿り着いた、いわば“辞世の句”のような作品。特に〈夕映えの中で〉の管弦楽はかつての交響詩《死と変容》からの動機やオペラ《ダナエの愛》の不吉な予感の動機なども織り込まれていて、シュトラウス自身の死生観が反映されている。そんな重厚な想いの詰まった歌曲を歌わせてジェシー・ノーマンの右に出る者がいるだろうか……実に耽美的。, 偉大なるマリアン・アンダーソンの系譜を継ぐ者として、黒人霊歌はジェシー・ノーマンにとって欠かすことのできないレパートリーであることは言うまでもない。どれも素晴らしいが、かつて奴隷たちも「この世にいるあいだに、イエスを私にあたえたまえ」と飾り気のない英語でもって切実に歌いあげていたであろうこの曲を。, 1987年の欧州ツアーを収録したライヴ盤より。アンコール・ピースの定番だったこの黒人霊歌を最後に、聴衆たちの熱狂と共にお届けしたい。. 世界的ソプラノ歌手のジェシー・ノーマンさんが9月30日朝、脊髄(せきずい)損傷の合併症による敗血症性ショックと多臓器不全のため、ニューヨークの病院で死去した。 圧倒的な声と存在感をもって世界中で活躍した名ソプラノ歌手ジェシー・ノーマンが2019年9月30日に逝去しました。ライター東端哲也さんによる、ドイツ歌曲から黒人霊歌まで、涙なしには聴けない「ジェシーの絶唱プレイリスト」をお送りします。. これは19世紀最後の年に44歳で事故死するショーソンが最後に完成させた歌曲。失恋と追憶、そして死をテーマにした密度の高いこの作品に、ジェシー・ノーマンほど相応しい歌い手は他にいない。 ジェシー・ノーマン(Jessye Norman, 1945年9月15日 - 2019年9月30日)は、アメリカ合衆国のソプラノ歌手。, オペラ歌手としてもソリストとしても世界的に著名であり、またクラシック音楽界きっての稼ぎ頭のひとりである。ソプラノ・ドラマティコの声質と圧倒的な声量を持ち、アイーダやカッサンドル、アルチェステ、レオノーラなどの厳粛な役柄を得意としている。, ジョージア州オーガスタの出身。両親は揃って音楽愛好家で、ピアノを得意とする母親と、地元の教会で聖歌隊員をつとめた父親との間に生まれた。4歳の時から教会で歌っていた。ハイスクールまでを地元オーガスタで過ごした後、奨学金を得てハワード大学に進学し、キャロライン・グラントに師事。同校を卒業後、ミシガン大学に進んで1968年に修士号を取得。翌1969年にミュンヘンARD国際音楽コンクールの覇者となり、ベルリン国立歌劇場にてリヒャルト・ワーグナーの《タンホイザー》のエリザベート役により、オペラ歌手としてデビューを果たし、「歴史的なソプラノ」との高い評価を受けた。1971年、フィレンツェ5月音楽祭に初出演。1972年にはミラノ・スカラ座とコベント・ガーデン王立歌劇場で「アイーダ」でデビュー、エディンバラ音楽祭に初出演。その後もドイツやイタリアのさまざまな歌劇場に出演を重ねた。1973年に帰国し、リンカーン・センターにおいて母国での公式なデビューを果たす。メトロポリタン歌劇場には、1983年に同歌劇場の創立100周年を記念して行われた定期公演のうち、ベルリオーズの《トロイ人》の上演によって初出演を果たした。[1], 1990年代初頭から、ニューヨーク州クロトン=オン=ハドソン(英語版)に移り住み、テレビタレントのアレン・ファントから購入した、「ホワイト・ゲーツ」と呼ばれる人里離れた屋敷で暮らしていた。, 2019年9月30日、脊髄損傷の合併症による敗血症性ショックと多臓器不全のため死去[2]。2015年に脊髄を損傷していた[3][4]。74歳没。, しばしば公的な行事や祝典に呼ばれて歌唱を披露しており、1985年のロナルド・レーガンとならびに1997年のビル・クリントン米国大統領就任式やエリザベス2世の還暦記念祝典への参加のほか、フランス革命200周年記念行事でコンコルド広場において、「ラ・マルセイエーズ」を、1992年7月25日、バルセロナオリンピックの開会式と1996年に故郷であるジョージア州で開催されたアトランタ・オリンピックの開会式では「アメイジング・グレイス」を熱唱した[1]。, オペラ歌手としての活動に加えて、定期的なリサイタルも開いており、アリアや芸術歌曲、黒人霊歌を謳っている。イギリスの女性作曲家ジュディス・ウィアの連作歌曲集《女・人生・歌 woman.life.song 》(カーネギー・ホールによる依嘱作品)を初演している。デューク・エリントンやミシェル・ルグランによるジャズ・アルバムも録音しており、ヴァンゲリスの「Mythodea」にも参加した。, ノーマンは、陰翳に富んだ表情と深みと張りのある声が特徴的である一方、詩と台本の内容や楽曲構成を把握した知的な解釈と、巧みにコントロールされた表現によって知られている。表向きの気位の高さと、和やかなユーモアの閃きが結び付いたステージマナーゆえに、オペラ界のディーヴァ(プリマドンナ)の由緒ある伝統にはっきりと位置を占めており、1981年のフランス映画「ディーヴァ」の着想源が彼女であると信じる人も多い。また、一般にディーヴァと呼ばれる歌手が避けがちな、新ウィーン楽派以降の新音楽にも取り組んでいる。とりわけシェーンベルクやアルバン・ベルクを得意としており、近年に来日した際にもシェーンベルクの1幕オペラ《期待》を披露した。, 9月11日はカリフォルニア州パサデナ市において「ジェシー・ノーマンの日」と定められている。これは、その日に同市のブレア・マグネット高校において彼女がコンサートを行なったことを記念して、パサデナ市長がその日を記念日として宣言したことによる。, 郷里のオーガスタは、ノーマンの功績を称えて、1990年代初頭に、川辺にある円形劇場に彼女の名をつけた。2015年ウルフ賞芸術部門受賞。, タワーレコード - 追悼 ジェシー・ノーマン(1945年9月15日 - 2019年9月30日)2019年10月01日 18:00, https://www.asahi.com/articles/ASMB12GPKMB1UHBI00Q.html, “Trailblazing black opera star Jessye Norman, 74, dies of complications from spinal cord injury”, https://www.dailymail.co.uk/news/article-7522531/Jessye-Norman-international-opera-star-dead-74.html, “Jessye Norman, Grammy-winning opera star, dies at age 74”, https://www.theguardian.com/music/2019/sep/30/jessye-norman-dies-opera-star-grammy, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ジェシー・ノーマン&oldid=75759281.