!function(d,s,id){var js,fjs=d.getElementsByTagName(s)[0],p=/^http:/.test(d.location)? 相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?, 鶴竜 力三郎(かくりゅう りきさぶろう)はモンゴル スフバートル県出身。陸奥部屋の横綱。, 「日本で力士になりたい」との決意を手紙にしたためて日本相撲振興会の会長に送ったことで井筒部屋の入門が決まったが、線の細かった鶴竜に初めて会った親方は「床山にでもするか」と思ったほど華奢だった。, 平成29年(2017)は4場所連続休場と引退も危ぶまれたが、平成30年(2018)は自身初の連覇も達成し復活をアピール。師匠の急逝により令和元年(2019)9月27日付で陸奥部屋へと転属となった。, 貴景勝 光信(たかけいしょう みつのぶ)は兵庫県 芦屋市出身、千賀ノ浦部屋の力士で最高位は大関。令和2年11月場所の番付は最高位に並ぶ東 大関。, 小さな身体ながら勝負度胸の良さと的確で力のある突き押しが魅力。四股名は戦国武将の上杉景勝から。, 朝乃山 英樹(あさのやま ひでき)は富山県 富山市出身、高砂部屋の力士で最高位は大関。令和2年11月場所の番付は最高位に並ぶ西 大関。, 近畿大学では個人タイトルを7つ獲得、また全日本相撲選手権大会ベスト4などの実績により三段目付出資格を獲得し角界入り。, 四股名の「山」の由来は、地元の“富山”に同郷の横綱“太刀山”そして亡くなった恩師の“浦山”から。下の名「英樹」も恩師から頂いた。, 令和元年5月場所で幕内最高位優勝。富山出身としては太刀山以来、2人目の優勝力士であり103年ぶりとなる快挙。さらに令和初の優勝力士として相撲史に名を刻んだ。, 大関昇進がかかった令和2年3月場所で11勝4敗の成績をあげて場所後に大関昇進を果たす。学生相撲出身力士としては琴光喜以来13年ぶりの大関昇進となった。大関昇進伝達式での口上は「大関の名に恥じぬよう、相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します。」, 正代 直也(しょうだい なおや)は熊本県 宇土市出身、時津風部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる東 大関2。, 宇土市立宇土小学校1年の頃から相撲を始めて小5でわんぱく相撲全国大会に出場。宇土市立鶴城中学3年次には全国中学校相撲選手権大会でベスト8など実績を積んだ。熊本農業高校3年次に国体少年の部個人で優勝など数々の大会で成果をあげた。大学は東京農業大学へと進学、2年次に全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱の栄冠に輝く。3年次にも宇佐大会個人優勝や東日本体重別無差別級優勝など数々の大会で実績をあげた。, 大学2年次の学生横綱で得た幕下付出資格は学業を優先したために失効、前相撲からのスタートとなったが負け越し知らずで所要9場所での新十両昇進となった。さらにそこから3場所目には新入幕を果たす。胸で当たる立ち合いは度々課題として指摘されるが、柔らかな足腰での土俵際は見事。, 令和2年(2020)9月場所で千秋楽に翔猿を破って自身初となる幕内優勝を達成。優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、熊本出身力士として初の賜杯を抱いた。時津風部屋としても昭和38年(1963)7月場所の北葉山以来、57年ぶりの幕内優勝力士誕生。, 御嶽海 久司(みたけうみ ひさし)は長野県 木曽郡上松町出身、出羽海部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は最高位に並ぶ東 関脇。, 東洋大4年次に学生横綱とアマチュア横綱を獲得で史上3人目となる幕下10枚目格付出資格を獲得。しかし当初は角界入りする気がなく和歌山県庁への就職も内定していた。一転、入門に転じたのは部屋を継承して間もない11代出羽海(元幕内・小城ノ花)からの「部屋の再興の為に力を貸して欲しい」という言葉。高昇以来84年ぶりの長野出身三役力士。次は「伝説の力士」雷電以来の郷土大関を目指す。, 平成30年(2018)7月場所で念願だった初優勝を果たす。これは優勝制度が制定されて以降、初の長野出身優勝力士という快挙。さらに出羽海部屋にとっても昭和55年(1980)1月場所の横綱・三重ノ海以来、約38年ぶりの賜杯となった。, 隆の勝 伸明(たかのしょう のぶあき)は千葉県 柏市出身、千賀ノ浦部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる西 関脇。, 20代千賀ノ浦(元小結・隆三杉)が部屋を継承してから初の関取。昇進の際には師匠から「隆」の一字を託された。千賀ノ浦部屋新章の幕開け, 照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)はモンゴル ウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は大関。令和2年11月場所の番付は東 小結。, 鳥取城北高校に相撲留学で来日し石浦外喜義監督に相撲を教わる。2代若乃花の間垣部屋に入門し若三勝の四股名で初土俵を踏んだ。, 間垣部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと移籍すると一気に開花。移籍当初の幕下10枚目から小結を飛び越しての新関脇まではわずか12場所だった。ちなみに新十両昇進時に照ノ富士へと改名。, 関脇2場所目で初優勝、場所後に大関昇進とこの頃には綱取りも間近と思われたが平成27年(2015)9月場所の稀勢の里戦で右膝前十字靭帯損傷と外側半月板損傷の大怪我を負ってから歯車が狂い始めた。, 約1年半の低迷期を経た平成29年(2017)3月場所では大復活、優勝目前だったがまさかの本割と優勝決定戦で稀勢の里に2連敗して逃した。翌場所も優勝次点と好成績を収めはしたが膝はすでに限界を超えており、平成29年9月場所で負け越して大関陥落。さらに糖尿病の影響もあり満足な相撲も取れないまま遂には幕下へと陥落、さらに休場が続いて番付は序二段にまで下がった。, 平成31年(2019)3月場所、5場所ぶりに西序二段48枚目で復帰して7戦全勝。惜しくも優勝決定戦は狼雅に敗れたが順調な再スタートとなった。その後も着実に番付を上げていき、西幕下10枚目で迎えた令和元年(2019)11月場所を全勝優勝で飾り令和2年初場所での関取復帰を決めた。さらにその十両復帰場所でも13日連続勝利で十両優勝、復活を大いにアピールすることとなった。, 東十両3枚目だった令和2年(2020)3月場所でも10勝5敗の好成績をあげた照ノ富士は、翌5月場所で念願だった再入幕を果たす。大関、幕内、そして幕内最高優勝経験者による序二段陥落からの幕内復帰は、どれもが史上初となる快挙。, その幕内復帰の令和2年(2020)7月場所。千秋楽で関脇・御嶽海を破り、平成27年(2015)5月場所以来2度目となる幕内最高優勝の栄誉に輝いた。, 高安 晃(たかやす あきら)は茨城県 土浦市出身、田子ノ浦部屋の力士で最高位は大関。令和2年11月場所の番付は西 小結。, 小中は野球少年で相撲には興味がなかったが、父の勧めで中学卒業後に鳴戸部屋へと入門。恵まれた体格だったが部屋からの脱走が後を絶たずに当初はあまり期待されていなかった。, しかし、父親が癌の大手術を行ったことで心機一転、兄弟子稀勢の里との猛烈な稽古によって平成生まれ初の関取、そして新三役となった。平成29年夏場所後に大関に昇進, 霧馬山 鐵雄(きりばやま てつお)はモンゴル ドルンノット出身、陸奥部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる東 前頭筆頭。, 10歳からモンゴル相撲を始めて18歳の時にモンゴルでベスト4に。同期は宇良や御嶽海、北勝富士など錚々たる顔ぶれ。怪我を機に下がりながらの強引な投げを封印、師匠の教えを守って前に出る相撲を磨き、平成31年3月場所で待望の新十両昇進を果たす。「普段の笑顔が可愛い」と秘かに人気が上昇中, 若隆景 渥(わかたかかげ あつし)は福島県 福島市出身、荒汐部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる西 前頭筆頭。, 東洋大学で研鑽を積んだ大波3兄弟の末弟。全国学生相撲選手権大会では団体優勝と個人準優勝で三段目最下位格付出の資格を得る。平成30年5月場所での新十両昇進により三兄弟最初の関取に。四股名は毛利三兄弟の三男「小早川隆景」から, 阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや)は青森県 北津軽郡中泊町出身、阿武松部屋の力士で最高位は小結。令和2年11月場所の番付は東 前頭2枚目。, 同郷の宝富士は中里道場の10学年先輩にあたる。全国都道府県中学生相撲選手権大会の無差別級では大会史上初の2連覇を果たした。三本木農業高校でも1年生から国体相撲少年の部で優勝など大活躍をみせ、先代の阿武松親方(元関脇・益荒雄)の誠意あるスカウトにより高校を退学しての入門を決意。四股名は「土俵上で花が咲くように」と地元の恩師が付けてくれたもの, 大栄翔 勇人(だいえいしょう はやと)は埼玉県 朝霞市出身、追手風部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は西 前頭2枚目。, 小学生の頃から相撲を始めて高校は「相撲の名門」埼玉栄高校に進学。3年次にインターハイ団体2位、個人3位など活躍をみせた。「大翔栄」という四股名で初めて番付に載った平成24年(2012)3月場所に序ノ口優勝。その後、「栄」の字が四股名の最後だと怪我をすると言われ、実際に怪我もしたことから「大栄翔」に改名。順調に番付をあげた大栄翔は初土俵から1年で幕下にまで昇進した。, 平成26年(2014)7月場所で新十両昇進、勝ち越しを積み上げて平成27年(2015)9月場所で新入幕を果たした。地道な稽古により徐々に番付上位に定着、令和2年(2020)9月場所で新関脇へと昇進。追手風部屋としては平成12年(2000)年11月場所の追手海以来、約20年ぶり、埼玉県出身としても昭和38年(1963)7月場所の若秩父以来57年ぶりの快挙となった。後輩からもいじられる愛されキャラの持ち主。, 輝 大士(かがやき たいし)は石川県 七尾市出身、高田川部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる東 前頭3枚目。, 小1の頃から七尾市スポーツ少年団で相撲を始める。西南中学3年次に全国都道府県中学生選手権の団体と個人で優勝を飾った。このとき団体戦で共に戦った中村は現在、宮城野部屋に在籍する炎鵬。中学卒業と共に高田川部屋へと入門。, 初土俵から9場所目には早くも幕下の土俵に立ったが、そこから十両昇進までは約3年の足踏みとなった。十両昇進と共に改めた四股名の「輝」は北陸新幹線の「かがやき」から。元関脇・若の里(現・西岩親方)の付け人として相撲と力士のイロハを教わった。, 隠岐の海 歩(おきのうみ あゆみ)は島根県 隠岐郡隠岐の島町出身、八角部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は西 前頭3枚目。, 大勝ちと大負けの差は激しいが土俵際での逆転には定評のある「イケメン力士」、引退した豪風とは大の仲良し, 北勝富士 大輝(ほくとふじ だいき)は埼玉県 所沢市出身、八角部屋の力士で最高位は小結。令和2年11月場所の番付は東 前頭4枚目。, 付出資格を二度失効してでも両親への感謝の想いで大学卒業を選び、前相撲からの出発。玄人好みの相撲を目指す。埼玉出身として昭和34年3月場所の若秩父以来、戦後3人目60年ぶりの新三役力士, 翔猿 正也(とびざる まさや)は東京都 江戸川区出身、追手風部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる西 前頭4枚目。, 四股名は申年生まれであり、猿のように動きまわる自身のスタイルから命名。兄は木瀬部屋の英乃海, 妙義龍 泰成(みょうぎりゅう やすなり)は兵庫県 高砂市出身、境川部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は東 前頭5枚目。, 埼玉栄高校では同級生だった澤井(豪栄道)と共に主力としてチームを引っ張った。その後、日本体育大学に進学し4年次に大分国体成年の部で優勝して幕下15枚目格付出しの資格を獲得。先に角界入りしていた豪栄道と同じ境川部屋への入門を決めた。, 所要4場所での新十両昇進も2日目で左膝を痛めて途中休場、手術となり3場所を全休したが、再出発から幕下と十両で計3度の優勝をあげるなど勢いは止まらず7場所目で新入幕を果たした。見本のような押し相撲で5度の技能賞を獲得。, 琴勝峰 吉成(ことしょうほう よしなり)は千葉県 柏市出身、佐渡ヶ嶽部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる西 前頭5枚目。, 小学1年の頃から地元の柏市相撲スポーツ少年団で相撲を始め、平成26年(2014)の全国都道府県中学生相撲選手権大会(無差別級)で優勝を果たした。進学した埼玉栄高校では団体戦で活躍、「大鵬の孫」大嶽部屋の納谷や同じ佐渡ヶ嶽部屋の琴塚原とは同級生。, 高校在学中の平成29年(2017)11月場所に琴手計の四股名で初土俵を踏むと番付を順調に上げていき、西幕下4枚目で迎えた令和元年(2019)9月場所を4勝3敗で勝ち越して翌場所での新十両昇進を決めた。昇進とともに四股名を「琴勝峰」へと改名、「勝」の字は祖母の戒名を頂いたもの。, 東十両6枚目だった令和2年(2020)3月場所で十両優勝、翌5月場所での新入幕を果たす。, 宝富士 大輔(たからふじ だいすけ)は青森県 北津軽郡中泊町出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は東 前頭6枚目。, 小3の頃から父親がコーチを務める中里相撲道場で相撲を始めた。中里中学3年次には都道府県中学生選手権で個人3位に。五所川原商業高校、近畿大学と学生相撲で活躍、近代3年次には個人タイトル6冠に輝いた。初土俵から所要10場所で新十両、15場所目には新入幕を果たした。見た目以上の豊かな筋肉を活かした左四つは強力な武器で、左四つになれば宝富士の独壇場と恐れられている, 玉鷲 一朗(たまわし いちろう)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は西 前頭6枚目。, 力士になろうと来日し、通りかかった井筒部屋の前で鶴竜に出会って旭鷲山の連絡先を教えてもらったのが片男波部屋入門のきっかけ。初土俵から4年で新十両、そこから4場所目には新入幕を果たした。平成27年3月場所で新小結に昇進。初土俵から所要66場所目での新三役というスロー出世ながら年を重ねるごとに「相撲力」がアップしている。かねてより公言していた「大関よりも優勝すること!」を平成31年初場所で初優勝を果たして達成。峰崎部屋の荒鷲との対戦は「本当の鷲」を懸けて熱が入る。ハートマークグッズを集めるのが趣味。玉鷲の妻は、閉鎖した中川部屋から移籍して来た幕下・旭蒼天の姉にあたる。, 栃ノ心 剛史(とちのしん つよし)はジョージア ムツケタ市出身、春日野部屋の力士で最高位は大関。令和2年11月場所の番付は東 前頭7枚目。, 追手風部屋で小結だった黒海に次ぐジョージア出身2人目の幕内力士。初土俵から所要13場所での新入幕、さらに小結にまで昇進も平成25年(2013)7月場所で右膝前十字靭帯断裂などの大怪我を負い4場所休場、これにより番付は幕下にまで転落。一時は引退も覚悟したが親方からの「あと10年相撲を取らないとダメだ」との言葉で奮起、休場明けから幕下と十両あわせて4場所連続優勝で一気に幕内へと復帰した。平成30年初場所では念願の幕内初優勝を平幕で達成。大関昇進も決めて次は更に上を目指す, 遠藤 聖大(えんどう しょうた)は石川県 鳳珠郡穴水町出身、追手風部屋の力士で最高位は小結。令和2年11月場所の番付は西 前頭7枚目。, 幕下付出から大相撲史上最速の所要3場所で入幕。平成27年3月場所での大怪我は土俵人生を大きく左右した。黙々と、何度でも立ち上がる不屈の力士, 碧山 亘右(あおいやま こうすけ)はブルガリア ヤンボル県出身、春日野部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は東 前頭8枚目。, ブルガリアではレスリングとアマチュア相撲の選手として活躍。同郷である琴欧洲の紹介で元幕内久島海が率いていた田子ノ浦部屋へと入門、同部屋初の幕内力士となった。ところが師匠の急逝により平成24年(2012)春場所を前にして春日野部屋へと転籍となる。体格を活かした相撲がはまると恐ろしい存在に。, 照強 翔輝(てるつよし しょうき)は兵庫県 南あわじ市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和2年11月場所の番付は西 前頭8枚目。, 産まれたのは阪神大震災の日、淡路島の洲本市で産声をあげた。南あわじ市相撲道場で相撲を始めて以来数々の大会に出場。亡くなった祖父にたびたび「力士になれ」と言われていたこともあり、中学卒業と共に伊勢ヶ濱部屋へと入門。第二新弟子検査に合格して初土俵を踏んだ。西幕下9枚目で迎えた平成28年11月場所で全勝優勝を飾り翌場所での新十両昇進を決めた。大量にまく塩は吊り天井に届きそうな勢いで観客からも大歓声が, 徳勝龍 誠(とくしょうりゅう まこと)は奈良県 奈良市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和2年11月場所の番付は東 前頭9枚目。, 小学4年の頃から橿原市けはや道場で相撲を始め、中学からは大阪岸和田市の右門道場で稽古を重ねた。高校は高知県の明徳義塾高校へ「相撲留学」、高校2年次にはインターハイ団体優勝に貢献した。この頃のチームメイトには影山(栃煌山)が。, 大学は近畿大学へと進学、杉山(宝富士)とは大学での同級生。大学時代には西日本学生相撲選手権大会優勝、全国大学選抜相撲高知大会優勝など5つのタイトルを獲得した。, 平成21(2009)年1月場所で初土俵を踏むと序ノ口、三段目優勝と6場所連続勝ち越しなどで1年後には幕下上位にまで番付をあげた。, しばらくは幕下上位で足踏みをしたが平成23年11月場所で新十両昇進、平成25年7月場所で新入幕を果たした。愛称は本名の「誠」ちなんだ「マコ」, 西前頭17枚目と幕尻で迎えた令和2年初場所、千秋楽で大関・貴景勝を破り自身初の幕内最高優勝を果たした。これは木瀬部屋初の優勝力士。また奈良出身力士としては大正11(1922)年初場所での鶴ヶ濱以来98年ぶりの幕内優勝力士となった。, 琴恵光 充憲(ことえこう みつのり)は宮崎県 延岡市出身、佐渡ヶ嶽部屋の力士で最高位は前頭7枚目。令和2年11月場所の番付は西 前頭9枚目。, 祖父は立浪部屋の元十両・松恵山。平成26年(2014)11月場所での十両昇進は、大鵬部屋の十両だった草竹以来32年ぶりの宮崎出身関取となった。, さらに平成30年(2018)7月場所での新入幕は、昭和49年(1974)9月場所での金城(春日野部屋)以来、戦後3人目の宮崎出身幕内力士。, 竜電 剛至(りゅうでん ごうし)は山梨県 甲府市出身、高田川部屋の力士で最高位は小結。令和2年11月場所の番付は東 前頭10枚目。, 平成24年11月場所で念願の新十両昇進も8日目に右股関節を骨折。幕下に陥落後は6場所連続休場などで序ノ口にまで番付を落とした。, 10場所ぶりに皆勤した平成26年初場所は全勝で序ノ口優勝。その後、序二段、三段目と全勝優勝で幕下にまで復帰。, 平成28年11月に4年ぶりとなる再十両、平成30年初場所の新入幕で大乃花以来、約30年ぶりの山梨出身幕内力士となった。, 令和元年7月場所で新小結に昇進。関取経験者が序ノ口陥落後に新三役は史上初となる快挙。, 明生 力(めいせい ちから)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、立浪部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和2年11月場所の番付は西 前頭10枚目。, しかし中学時代には目立った成績を残せず角界入りか進学かで迷ったが父親に一喝されて入門を決意した。, ヘルニアに苦しみ引退を覚悟したこともあったが、努力によって平成30年7月場所での新入幕を掴んだ“叩き上げ”。, そこから着実に力をつけてきた明生だが令和元年年末、部屋での稽古で左上腕部と肘の筋肉の部分断裂という大怪我を負ってしまう。, 十両へと番付を落とした令和2年7月場所では6人による優勝決定戦に進出。最後は立浪部屋力士3人による巴戦になったが豊昇龍、そして天空?を破って自身初の十両優勝を決めた。, 四股名は本名の下の名からで「あきお」さんかと思いきや、実は読みも同じ「めいせい」。, 佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)は熊本県 熊本市東区出身、境川部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和2年11月場所の番付は東 前頭11枚目。, 父は出羽海部屋の小結だった佐田の海で序二段に昇格した際に父の四股名を継いだ。境川親方(元小結・両國)は父の弟弟子。大相撲史上初の親子で新入幕場所三賞獲得を達成した。, 炎鵬 晃(えんほう あきら)は石川県 金沢市出身、宮城野部屋の力士で最高位は前頭4枚目。令和2年11月場所の番付は西 前頭11枚目。, 5歳の頃から押野相撲スポーツ少年団で相撲を始める。西南部中学では達(高田川部屋の輝)と同級生で、全国都道府県中学生相撲選手権大会ではチームメイトとして団体優勝を経験した。金沢学院東高校3年次に世界ジュニア相撲選手権大会の軽量級で優勝。金沢学院大学時代には10個ものタイトルを獲得した。, 白鵬関の内弟子として宮城野部屋へと入門。四股名は白鵬が命名してくれた。前相撲から所要6場所での十両昇進は史上最速タイ。序ノ口からは21連勝と怒涛の勢いで番付を駆け上がる。令和元年(2019)5月場所で新入幕。, 豊山 亮太(ゆたかやま りょうた)は新潟県 新潟市北区出身、時津風部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和2年11月場所の番付は東 前頭12枚目。, 金沢学院東高(現金沢学院)出身で炎鵬や田邉(木瀬)の1年先輩にあたる。全日本相撲選手権大会ベスト8の実績により三段目100枚格付出でデビュー。新入幕とともに部屋伝統の四股名であり、同郷同大出身の2人の先輩が繋いできた「豊山」を継承した, 魁聖 一郎(かいせい いちろう)はブラジル サンパウロ市出身、友綱部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は西 前頭12枚目。, 祖父母が日本人の日系ブラジル三世。16歳の頃から魁皇関(現・浅香山親方)に憧れて相撲を始めた。全ブラジル相撲選手権大会無差別級で優勝。平成28年(2016)5月場所で新小結に昇進、これはブラジル出身力士として初の三役。, 豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)はモンゴル ウランバートル市出身、立浪部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる東 前頭13枚目。, モンゴルからレスリングを志して日本に留学していたが、日馬富士の取組を国技館で観るや一気に相撲の魅力に取りつかれ相撲へと転向。日体大柏高校相撲部でインターハイ個人2位など数々の実績をあげて立浪部屋への入門を決めた。, 朝青龍の甥であり、四股名は師匠(旭豊)と叔父から1文字ずつを頂いた。目標は叔父と同じ「最高峰」の横綱, 逸ノ城 駿(いちのじょう たかし)はモンゴル アルハンガイ県出身、湊部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は西 前頭13枚目。, 四股名は本名の「イチンノロブ」と逸材という意味を込めてつけられた。眠れる大器がいよいよ覚醒か!?, 千代の国 憲輝(ちよのくに としき)は三重県 伊賀市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和2年11月場所の番付は東 前頭14枚目。, 九重部屋の力士で最高位は前頭筆頭。度重なる怪我で幕内から三段目に落ちたこともあったが、僧侶だった父の死と元力士の兄(幕下・千代の眞)の言葉を受けて再起、平成28年(2016)7月に再入幕を果たす。積極的な攻めと激しい取り口が魅力。, 琴ノ若 傑太(ことのわか まさひろ)は千葉県 松戸市出身、佐渡ヶ嶽部屋の力士で最高位は前頭13枚目。令和2年11月場所の番付は西 前頭14枚目。, 祖父は53代横綱・琴櫻で、父は師匠でもある13代佐渡ヶ嶽の元関脇・琴ノ若。血筋だけではなく埼玉栄高校では主将として高校総体団体で優勝。さらに平成27年の世界ジュニア相撲選手権大会・個人重量級でも見事優勝と実力は確か。令和元年7月場所での十両昇進により父の四股名「琴ノ若」を受け継いだ。新十両からも着実に勝ち越しを積み上げていき令和2年3月場所で新入幕を果たす。, 千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ)は東京都 荒川区出身、九重部屋の力士で最高位は小結。令和2年11月場所の番付は東 前頭15枚目。, 葛飾区の白鳥相撲教室出身。平成22年(2010)には全国学生相撲選手権大会で優勝を果たして学生横綱のタイトルを獲得、これは元小結垣添に次ぐ日体大2人目の学生横綱だった。幕下15枚目格付出での初土俵は蜂窩織炎のため途中休場となったが、その後3場所連続勝ち越しで十両に昇進、その新十両場所を優勝で飾った。強烈な立ち合いからの叩き込みは「MSP(明月院スペシャル)」と巷で呼ばれる強烈な武器, 琴勇輝 一巖(ことゆうき かずよし)は香川県 小豆郡小豆島町出身、佐渡ヶ嶽部屋の力士で最高位は関脇。令和2年11月場所の番付は西 前頭15枚目。, 平成25年初場所での新入幕は香川出身として54年ぶりの幕内力士。同年11月場所には大怪我を負い番付を下げたが5場所で再入幕。, 平成28年3月場所での日馬富士からの初金星は涙のインタビューとなり話題に。十両優勝時の賞金は医大に進学した弟の学費に充てるなど弟想いな面も, 千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和2年11月場所の番付は東 前頭16枚目。, 父親はモンゴル相撲の大関で朝青龍の父と知り合い。モンゴルを訪れた13代九重(千代の富士)の紹介によって明徳義塾高校へ相撲留学、2年次に中退して九重部屋へと入門した。弟子を褒めないことで有名な千代の富士だったが、千代翔馬の稽古熱心さだけは珍しく褒められていた。その先代が亡くなった翌場所に新入幕を果たす, 天空海 翔馬(あくあ しょうま)は茨城県 東茨城郡大洗町出身、立浪部屋の力士。令和2年11月場所の番付は最高位更新となる西 前頭16枚目。, 那珂湊第一高(現・那珂湊高)では柔道部。卒業後はいったん専門学校に入学したが同郷の稀勢の里の活躍を機に立浪部屋へと入門。当初は豊乃浪という四股名だったが成績に波があったので「浪(なみ)」を取って天空海に。“天”は番付上昇、“空”と“海”は地元・大洗町のイメージから。, 志摩ノ海 航洋(しまのうみ こうよう)は三重県 志摩市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭6枚目。令和2年11月場所の番付は東 前頭17枚目。, 近畿大学3年次に全国学生相撲選手権大会で団体優勝。初土俵から14連勝を記録するも序ノ口、序二段とも同部屋の岩崎(現:英乃海)との優勝決定戦で敗れた。その後、幕下上位から左膝前十字靭帯断裂の大怪我で序ノ口までの転落を経験。その序ノ口からの再スタートを全勝優勝で飾ると翌場所も序二段で全勝優勝、こうして番付を上げていき平成28年7月場所での新十両昇進を果たして四股名を志摩ノ海へと改めた。, しかしこの場所は4勝11敗と跳ね返されてしまい1場所で十両陥落。そこから1年半をかけての念願の再十両、さらに十両の土俵で地力を蓄えた結果、平成31年1月場所と3月場所での十両連続優勝というかたちで実を結んだ, 情報盛り沢山な最新番付表もご用意しています。先場所だけではなく、過去6場所分の成績が通算成績とともに一気に確認できます。さらに新十両や入幕などの昇進はいつだったのか?出身校や身長体重BMI等々…より詳細な情報も併せて載せていますので是非ご覧下さい。, ※当サイトは個人が運営するサイトであり、日本相撲協会及び、各相撲部屋とは関連がないことをご了承ください。, 内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。※当サイトは個人が運営するサイトです。.