評価・レビュー. 佐藤俊一:『小津安二郎の東京下町案内』, 「サライ」第4巻第8号通巻第63号, , pp. 「小早川家の秋」のコンビ、野田高梧と小津安二郎が共同で脚本を執筆。小津安二郎が監督した人生ドラマ。撮影は「愛染かつら(1962)」の厚田雄春。, 長男の幸一夫婦は共稼ぎながら団地に住んで無事に暮しているし、家には娘の路子と次男の和夫がいて、今のところ平山にはこれという不平も不満もない。細君と死別して以来、今が一番幸せな時だといえるかもしれない。わけても中学時代から仲のよかった河合や堀江と時折呑む酒の味は文字どおりに天の美禄だった。その席でも二十四になる路子を嫁にやれと急がされるが、平山としてはまだ手放す気になれなかった。中学時代のヒョータンこと佐久間老先生を迎えてのクラス会の席上、話は老先生の娘伴子のことに移っていったが、昔は可愛かったその人が早く母親を亡くしたために今以って独身で、先生の面倒を見ながら場末の中華ソバ屋をやっているという。平山はその店に行ってみたがまさか路子が伴子のようになろうとは思えなかったし、それよりも偶然連れていかれた酒場“かおる”のマダムが亡妻に似ていたことの方が心をひかれるのだった。馴染の小料理屋へ老先生を誘って呑んだ夜、先生の述懐を聞かされて帰った平山は路子に結婚の話を切り出した。路子は父が真剣だとわかると、妙に腹が立ってきた。今日まで放っといて急に言いだすなんて勝手すぎる--。しかし和夫の話だと路子は幸一の後輩の三浦を好きらしい。平山の相談を受けた幸一がそれとなく探ってみると、三浦はつい先頃婚約したばかりだという。口では強がりを言っていても、路子の心がどんなにみじめなものかは平山にも幸一にもよくわかった。秋も深まった日、路子は河合の細君がすすめる相手のところへ静かに嫁いでいった。やっとの思いで重荷をおろしはしたものの平山の心は何か寂しかった。酒も口に苦く路子のいない家はどこかにポッカリ穴があいたように虚しかった。, 「家」の崩壊・嫁く娘、一人ぼっちの父、優しげな音楽、ローアングル・・・・もう、同じことばかり映画にしている。マンネリといわれても仕方ないのだが、それを堂々と名作にしてしまうのが、小津の巨匠たる所以だろう。老舗料亭の味や名人の高座のように、こうなってしまうという一種の予定調和が、作品に安定感と品格をもたらすのである。本作では、団地、掃除機、テレビなどが作中に出てくる。この作品発表の年といえば、池田内閣の所得倍増政策が動き、2年後には東京オリンピックが始まり、所謂、高度成長へ突き進んでいく。その反対に古きよき日本が緩やかに崩壊していくのだが、図らずもこの時に、小津は「古きよき日本」の挽歌を作り上げ、しかも彼の「白鳥の歌」ともなった。ラストは旧作の「晩春」の二番煎じであるが、こちらはカラー作品だけに何か生々しく見えてくる。出色なのが東野英治郎演じる元教師のラーメン屋の親爺。杉村春子のオールドミスの娘を抱え、場末でわびしい暮らしをしている。小津は旧作「一人息子」でも落魄した元教師を描いているが、彼自身教師をしていたので特別な思い入れがあるのだろう。東野の諧謔さと矮小さを交えた演技は、笑いをもたらすかわりに、残酷な人生の一面を垣間見せ、それがこの作品に奥行きを与えている。ちなみに冒頭の居酒屋のシーンに阪神タイガースと大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)のテレビ中継が出てくる。阪神のバッキーが投げているのが、古くからの虎ファンにはこたえられない。, この作品の姉妹編といえるのが、その四年前に作られた『彼岸花』で、だから、主人公は両作品とも「平山」という。前回の佐分利・平山が、今回は笠・平山である。そして今回も父と娘の関係がテーマである。だが、前回が自立していく娘に対する父親の権威の在り様が中心テーマであったのに対し、今回は、妻に先立たれた男の、母親代わりになってくれていた娘を手放す、花嫁の父の悲哀がその中心テーマである。このような類似性にもかかわらず、そして、前作との期間が四年しか違わないのにも関わらず、なぜか、両作品の時代の格差が感覚的には10年ぐらいもあるように感じるのは僕だけであろうか。 それでは、この笠・平山とはどんな人物か。映画の前半で、ストーリーの展開の一つの筋になるのが、旧制中学時代の漢文の恩師「ヒョウタン」こと東郷である。今は落ちぶれて、場末の中華飯店をやっている東郷が、嘗ての生徒達に呼ばれてクラス会に出る。この時、東郷は40年ぶりにこの生徒達に会って嬉しいという場面がある。小津の場合、その撮っている映画は、同時代のものと考えていいので、笠・平山は、1922年頃に中等学校を卒業しているはずである。そして、中等学校は5年ないし4年で、17歳か16歳で卒業する。とすれば、この「平山」は1905年か1906年生まれである。(ついでに言えば、小津は1903年生まれである。)その中等学校を卒業した後、笠・平山は、「海兵」に行き、多分海兵54期か55期でここを卒業する。そして、旧帝国海軍・駆逐艦「朝風」の艦長となる。ということは、海軍少佐までは昇進した人である。その艦長時代がいつなのかは映画ではよく分からないが、海兵入校期から言うと恐らくは、1940年頃、太平洋戦争の勃発する直前で、その後は、海軍中佐・或いは大佐まで行ったかもしれない。嘗ての一等兵曹・加藤との、東郷がやっている中華飯店での再会、そして、この加藤に連れられて行くTorys・バーでの、威勢のいい軍艦マーチ、更に、加藤や笠がやる、腕を比較的垂直に立ててする海軍式敬礼は、ある時代が過ぎ去ったことの象徴としてある種の哀しみを掻き立てる。 さて、今回の小津の遺作となった作品で気が付いた点である。まずは、時代と共に女性像も変わるということであろうか。笠の、当時の結婚年齢の限界である24歳になる娘、岩下、笠の長男の妻、岡田、ヒョウタンこと東郷の老嬢・杉村は、何れもビシビシ、ツンツン、ギスギスして、人当たりが必ずしもいい訳ではない。『彼岸花』に出てくる女性像とは4年の差にも関わらず、随分違っているイメージである。そして、笠の長男夫婦がこの時代を典型的に代表する。1960年代の大衆消費社会の物欲に早くも侵されている彼らは、やれ、冷蔵庫だ、やれゴルフ・クラブだと振り回される。そこには既に家庭電気製品の波が押し寄せていて、掃除機、冷蔵庫、テレビがはびこり出しているのである。笠とその仲間のよく行く日本料亭『若松』にもカウンターにでっかとテレビが置かれ、人々の会話を蝕んでいるのである。冒頭の近代的なスチール製の、勢いよく煙を吐く煙突の羅列に、僕はまもなくやってくる高度経済成長の裏面としての公害問題の発生を見ざるを得ないのであるが、果たして、これは読みすぎであろうか。, 1食300円以内!鮭の塩焼き、唐揚げ、卵焼き…井ノ原快彦が作るホッとする手作り弁当たち, 御年90歳でも健在ぶりを見せつける、“クリント・イーストウッドの軌跡”を35mmフィルムで堪能!, アン・ハサウェイが『魔女がいっぱい』で魅せる新境地!“悪役“挑戦にR・ゼメキス監督の評価は?, 北村匠海と小松菜奈が『さくら』号泣シーンの舞台裏を語る「泣きすぎて、顔が動かなくなってしまうシーンもありました」, 互いのキャラへの愛が爆発!『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』4ショットインタビュー【後編】, 「鬼滅の刃」ヒロインにハーレイ・クインも!ハロウィンを沸かせた美麗コスプレ20連発, 「バチェロレッテ・ジャパン」本編最終話の新トレーラー解禁!クライマックスに波乱の予感?, 「月刊シネコンウォーカー」のニュースやコラムがウェブでも読める!バックナンバーのお申込みも.

『裸の島』(はだかのしま)は、1960年(昭和35年)11月23日公開の日本映画である。近代映画協会製作・配給。監督・脚本・製作は新藤兼人。 モノクロ、シネマスコープ、95分。. åˆãƒ“ルの間, ホームページ(亞細亞とキネマと旅鴉). 秋刀魚の味(1962) 秋刀魚の味(1962) 1962年11月18日公開,113分 . DVD&Blu-ray発売記念!スペシャルサイト「#フクシマフィフティと311」で、あなたの声を聞かせてください。, 短歌から生まれた映画『滑走路』。社会問題に切り込む本作を、精神科医の分析などにより徹底的に紐解く!, 今年はリアルとオンラインで行われる第33回東京国際映画祭!注目映画や豪華イベントを徹底特集. 小津映画の舞台・ロケ地/小津ゆかりの地に関する文献 . 白い砂浜とエメラルドグリーンの海!映画やテレビのロケ地として有名な、山口県で、最近ホットな観光スポット、角島の映画「四日間の奇蹟」ロケセットをご案内します。 作品情報 : 映画の舞台とロケ地 主な舞台は、映画が作られた1951年ごろの鎌倉(神奈川県鎌倉市)と東京(東京都)である。鎌倉は、主人公の間宮紀子(原節子)やその兄・康一(笠智衆)の一家が住んでいるところである。東京は、康一や紀子の職場があるところである。 0. 上映館を探す. 22-37, 小学館 (1992) 冨田均:『ロケ地で綴る東京クロニクル。』(『特集:汲めど尽きぬ映画の泉 小津安二郎』), 「東京人」no. Copyright © MOVIE WALKER Co., Ltd. All Rights Reserved. みたい. 120, 1997年9月号, , pp. 『裸の島』(はだかのしま)は、1960年(昭和35年)11月23日公開の日本映画である。近代映画協会製作・配給。監督・脚本・製作は新藤兼人。モノクロ、シネマスコープ、95分。, 経営危機にあった近代映画協会の解散記念作品として、キャスト4人・スタッフ11人で瀬戸内海にある宿禰島でロケを敢行、撮影期間1か月、500万円の低予算で製作された[1]。台詞を排した実験的な作品で、孤島で自給自足の生活を行う4人の家族の葛藤を描いている。, 作品はモスクワ国際映画祭グランプリを始め、数々の国際映画祭で受賞、世界60カ国以上で上映された。興行的にも成功し、近代映画協会は解散を免れた。, 瀬戸内海に家族4人(夫婦と男の子2人)が住む、電気・ガス・水道がない周囲約500メートルの小島(広島県三原市にある宿禰島(すくねじま))があった。島には平地はほとんどなく、島の頂上辺りのわずかな平地に小屋を建て、ヤギやアヒルと共に住んでいる。島の斜面に春はムギ、夏はサツマイモを植え、生活の糧としていた。長男は小学2年生、次男は未就学であるが、両親を助け家事を手伝っている。夫婦の日課は、隣島まで小舟を漕いで、飲料と畑の作物のための水を汲みに行くことだった。隣島より桶に入れて櫓漕ぎ舟で運んだ水を、島の急斜面を天秤棒を担いで運び上げるのである。時には妻が誤って水をこぼしてしまうが、夫は容赦なく妻を平手打ちにする、それほど厳しい生活が毎日繰り返される。このように農業には条件の悪い土地であるが、夫婦所有の土地ではなく、地代として農作物を納めている。, ある日、子供たちが鯛を釣り上げた。家族4人が揃って笑顔を見せる。妻はよそ行きの衣装に着替え、家族全員で巡航船に乗って尾道の市街へ行き、鯛を売って普段では手に入らない日用品を買ったり、また外食を楽しむこともできた。, ある日、長男が高熱をだす。父が医者を探し、島まで連れてきたが、間に合わなかった。葬儀には僧侶と通学先の担任の先生と同級生が来て、遺体は島に埋葬される。, 葬儀が終わり、家族にはまた日常の生活が繰り返される。しかし畑の作物に水をやっている時、妻は突然桶の水をぶちまけ、狂ったように作物を引き抜き始める。そして大地に突っ伏して号泣する。夫は妻の心情を思いやり、ただ見ているだけであった。ほどなく妻は落ち着きを取り戻し、水やりを再開する。この家族にはこの土地で生きてゆくほかなく、今日も明日もこの小島で生活してゆく。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=裸の島&oldid=75090166.